鍼灸温熱治療院
“神楽坂・エコパオ”のつぶやき日記
もっとも身近な自然界
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じぶんを旅する、
からだ対話ブログ
認知症のずっと前に
「わたし、
 どんなんなっちゃうんだろう」

いつか聞いたことのある台詞
母が、うっすらと発症しはじめた時の口癖を
また別のひとから聞いた。

忘れていくとき
思い出せないことが度重なるとき
周囲よりも先に
もちろん本人が
圧倒的な不安に包まれているとき

「わたし、
 どんなんなっちゃうんだろう」
と、なんどもなんども言いました。

「大丈夫だよ」
「わたしもいっつもそう」

これは、たぶん
何の慰めにもならない、どころか
もしかしたら
孤立感を深めさせてしまうのかもしれない。

だったら、なんて言う?
いえ、どういう風に
隣に居たらいいんだろうか。

忘れるの、不安だね。
思い出せないと、イライラするね。

そして、長い長い不安のあとに
静かにゆっくり忘れていった。
あのプロセスを思い出すたび

目の前にいる
本人とその家族に
これから起こるであろう、旅の景色を
どのように説明して
説明しなくて
幸せでありますようにと
伝えていけばいいんだろう。
いや、伝えなくてもいいのか。

早めの通院と
日進月歩の投薬をすすめるのか、

しかし、そもそも
認知症とは
いったいなんなんだろう。

前世を忘れさせられる理由を思えば
やってられない何かを
今生で手放すしかない道
なのかなあ。
 
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記憶の捻れが、コブになる
そのとき、終わらなかった感情は
捻れては、コブになる。
あまりに衝撃を受けたり、
受け止められないような痛手を受けたとき
まともに受け入れるのがキツすぎて
ヒトは一旦、感じることを回避してしまう。
感じた一瞬の刺激を、あわてて抑えこんで
なかったコトにするのだ。
けど、逃れたはずのそれは
捻れたコブとして、どこかにおさまっているらしい。

記憶に眠るそれらのコブは
あの時の『今』を逃すと
あの時の『今』の大きさよりも
はるかに大きなコブになっていて、硬い。

いつかまた、
そのコブに触れるような機会に出会うのが、いい。
コブを見つけるのが、いい。
そして、なぞると
一瞬にして、溶けていくことがあるよね。

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孤独の森
ほんとうに苦しいひとは、苦しいなんて言わない。
ほんとうに悲しいひとは、悲しいなんて言わない。
ほんとうにさみしいヒトは、さみしいなんて、絶対に言わない。

何か、人生観を覆されるようなデキゴトに出会うとき
ヒトは、泣いたりしない。
ただ、止まる、のだ。
まるで目の前が無彩色になるかのような
音のない世界。

豊かな呼吸や潤いは、一瞬こおりつき、
だから、泣いたりもしない。

時間がたって、
心にしまうための解釈や、納得をするために
ああ私はだから悲しかったの、だとか、苦しかったのだとか言って
イジル余裕がでた時に、
それらは言葉に代えられる。

黙る、ことを
大切に思います。
語ることのために、心を操作などせず
そのままにして、
沈黙は、ときに、かけがえのない
やさしい時間をくれることがある。
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うつ、もどき。
うつ病は、病気ですから、
病院に行って、お薬を処方してもらってください。
気のせい、ではなくて、
れっきとした病気なのですから、
専門家の治療を受けましょう。
そう、その通りです。そうなんですが。

『病名』をなぞるのではなくて
その人の、今の状態を診る、というシンプルな作業の中では
結構な発見がある。
たとえば、頸椎の深くが
繊細にねじれていたり、歪んでいたり
おまけに界隈に、ヘルペスが騒いでいたりすると
まちがいなく、うつっぽくなるようです。
さらに、
『ハーブでガンの完全治癒』(ハルダ・クラーク著)にもでてくる
肥大吸虫類なんぞが、体内にいたりすると、
どうにもダルくて疲れやすくて
朝起きた瞬間から疲れている、
頑張れない、などの
たしかな、でも他人に言うと漠然と信じてもらえない
かのようなカッタルさに覆われる。

もちろん、免疫力も下がってきます。
皮膚もかぶれやすい、
なんだか、調子の狂った感覚で不安になる、
といった、うつ、もどきな表現で
体内の変化を知らせているのです。

で、これらは熱に弱いのです。
そう、冷えは大敵。
からだを中から、温めましょう。
そして日照時間の減少する『冬期うつ』もしかり、
朝日を浴びて、松果体に光刺激を。

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