ADHD(注意欠陥多動障害)の
友人と過ごした数年間が
わたしの中の
大事なエレメントとして生きている。
障害というにはあまりにも
明晰で雄弁な
キャリアウーマンだった彼女は
ありのままの聡明な表現で
ブログや、仲間へのプレゼンで
ADHDのなんたるかを
教えてくれた。
今も、みずみずしく
私の中で生きている。
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職場の同僚のことで悩む教職員が
次々と休職する、辞めていく
担任のクラスでの
教室はいつも散らかしっぱなし
進路指導ができなくて
PTAにつきあげられる。
聞けば聞くほど
その先生は、ADHDだと
思います。
お願いですから、
校長に相談してください。
と言いました。
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アメリカの大学を出て
IT企業に努める彼女はもちろん
英語ペラペラで
通訳や翻訳もこなす才女です。
しかし
いつも袋をいっぱい持っていて
ショルダーバッグ、セカンドバッグ
ほかにビニールの袋3つ、とか。
部屋が異常に汚い。
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わたしの知っている大人のADHAの人は
とても優秀なひとたちばかりです。
でも
その得意な資質から
周りが混乱することがある。
そっかADHDだったんだ
と知ることが
本人も周りをも
救うのではないの?
といつも思うの。
そして
片付けられなくなってきた自分に
「??あれ??」
ちいさな不安を抱く
きょうこのごろです…